

鹿児島県薩摩半島のほぼ中央部に、歴史深き川辺仏壇の里、川辺(かわなべ)町があります。
この地は古くから仏教の盛んな土地で、仏壇が初めて作られたのは12世紀の初期のころで、平家の一門にあたる河邊氏がこの地に平家文化と仏教を広めたことに起因したものです。
のちに壇ノ浦の合戦で敗れた平家の落人が、同族の河邊氏を頼って川辺の地におちのび、岩屋を住まいとして供養一途に明け暮れたとされています。現在も清水の渓谷(岩壁)に刻まれた多くの塔や墓形、梵字等が残っています。川辺仏壇の文化的基礎はこの時代に築かれたものとされています。
お仏壇に関するもので現存するのは、延元元年9月6日(西暦1336年)と記された漆塗りの位牌があります。薩摩地方は島津藩主による一向宗の禁制(西暦1597年)と明治初期の廃仏毀釈により、多くの仏像・仏壇が失われた経緯がありますが、それでもなお信仰は根強く残り、それがいわゆる隠れ念仏のかたちをとり、見かけはタンスで扉を開くと金色さんぜんとした仏壇が包蔵されたものが作られました(東本願寺鹿児島別院に保存)。
鹿児島では洞窟のことをガマと言い、今でも川辺仏壇のガマ戸型にはその要素が色濃く残っていると言われます。 明治9年に信教の自由が許されると、この地でも公然と仏壇製作が始められ、今日の川辺仏壇の基礎となりました。昭和50年、他産地にさきがけ国の伝統的工芸品としての指定を受け、長年培われてきた技術・技法が認められるとともに、全国に販路を持つ屈指の仏壇として現在に至っています。
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伝統的工芸品である川辺仏壇には、品質を保証する信頼のマークが貼り付けられております。確かなお仏壇をご購入する際の目安としてください。
地域団体商標登録による「認定証紙」。
仕上会員全てに番号が与えられており、製作者が自信を持って製作した製品であることを示すマークです。「105」が当社の番号です。
組合加盟会員が製作した商品で、伝統的技法を用いながら近代技術により製作した製品であることを示すマークです。
組合会員全てに番号が与えられており、使用されている材料の製作者が自信を持って製作したことを示す保証マークです。
厳選された天然の本漆を用い、手塗りの後純金箔押しの技法により製作したことを示す品質保証のマークです。
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